04


「本当に大丈夫?」

車から降り、俺は心配そうに聞いてくる三上さんに曖昧に笑って返す。

「元は俺が三上さんに頼んだ事が原因ですし…大丈夫です」

「それなら良いけど…」

「それじゃぁ、今日は本当に有り難う御座いました」

最後は衝撃的だったけど、水族館は楽しかった。

そう告げて背を向けようとしたら、待ってと引き留められる。

「もう知らない仲じゃないんだ。次からは名前で呼んで欲しい」

「え…っと、…玲士さん?」

「うん。俺も今日は楽しかったよ。またね」

「…はい」

ひらひらと手を振られて、今度は呼び止められること無く俺はマンションへと帰った。



◇◆◇



ガチャンと玄関のドアを閉め、俺はその場に崩れ落ちるようにしゃがみこむ。

「〜〜〜っ」

熱の集まった顔を両手で覆い、声にならぬ声を出して呻いた。

「…どうしよう」

キスしちゃった。

ここまでは何とか取り繕えたけど、もう三上さんの顔を直視できない。

俺が安易に、深く考えずに頼んだから…。でも、あんなことするなんて。

「………」

ソッと右手で自身の唇に触れ、ハッと我に返る。

その度にぶんぶんと頭を左右に振り、先程の衝撃的な映像を忘れようとした。

「あれはフリなんだ」

そう俺が頼んだが為の。

その夜、なんだか俺はぐるぐると考えてしまって中々寝付けなかった。








カチリ、とくわえた煙草に火を付けジッポーを座席に投げる。

右手で、くわえていた煙草を唇から離し、クッと漏れそうになる笑いを噛み殺す。

「ほんと、何も知らねぇんだな」

そして、先程触れた唇を思い出して三上は表情を緩めた。

「俺が格好良くて優しいね、…優しいって言われたのは初めてだ」

真っ赤になって狼狽えた晴海は初初しくて、何だかこっちが悪いことをしているような気になった。だが、手を緩めるつもりはない。

「…少しずつ慣らしていくか。時間はまだある」

どのみち晴海が卒業するまでこの関係は続く。その間にこの偽りを本物に変えるだけだ。

第一その気がなけりゃ端から見合いなんか受けない。

その事に晴海はいつ気付くんだろうな?

煙草を口に運び、肺に煙を送り込む。窓を開けて、ふぅと煙を外に流して三上は笑った。

「次は俺から誘ってやるか」

まだ暫くは晴海に合わせて付き合うとしよう。怖がらせて逃げられたら本も子もねぇからな。

ハンドルを握り、夜のネオンが輝く中、三上は自宅に向かって車を走らせた。





END.

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